トップページ  |   足健会   |   中医学  |   連載コーナー  |   ブログ  |   岩崎学とは   
岩崎学の中国物語

大学院の3年

大学院の授業

  大学院の授業は、本科同様単位制!!単位制といっても科目数が多いわけではないので、選べる科目は限られてます。それでも本科より自由かな。3年間で33単位以上の取得が義務付けられ、必須科目の合格点は70点とかなりシビア!選択科目は60点。3年間と期限があるものの、普通は1年目で全て取得!!テストや論文で不合格だったものは2年目に持ち越し、が一般的。

  留学生は「科学社会主義理論」「自然弁証法」といった政治関係の授業が免除され、「外国語」「コンピューター応用」「医学統計学」「医学科研基本思考方法と科研手順」が統一の必須科目。外国語は英語と日本語があるので、日本語を選択すれば...と、「そうは問屋が卸さない」!! 何故かルール違反ということで、中国語の認定試験取得が条件に、「中級の中」とされるHSK(漢語水平考試)7級が合格ライン。 それ以外にも、専門分野に応じて必須科目が。私の専門は『傷寒論』、「中医臨床基礎」という専門に属し、必須科目は『傷寒論』『金匱要略』『温病学』の3教科。単位取得と勉強のために選んだ選択科目は6教科、全部で13教科!!

1年生前期

   大学院の授業は短期集中!1回の授業時間が基本的にかなり長い...3時間の授業などあたりまえで、授業によっては5時間に及ぶものも。

  何が必要かと!! そう! 集中力以上に持久力が...

  大学院の授業を受け持つ先生は、各課の主任クラス! さすがに教授の授業とあってレベルはかなり高く、密度が濃い。が、ほとんどの先生が自身の研究内容を中心に授業をするので、教科書を必要とする授業が1教科もない。こうなると留学生にはかなりのハンデが!! 何故!? そう、参考にする教科書や資料がないと目で追うことができないので、全て耳で勝負をしなければならないのです。しかも先生によってはあまりにも専門的で、まるで「お経」を聞いているがごとくチンプンカンプン。

  「中医の専門で、なぜわからない!」と聞こえてきそうですが、自身の専門をちょっと離れた専門分野で、それを先生が研究しているレベルで話されると、本当に何も学べないんです。

  前期には必須科目が集中!!外国語を除いた6教科全て、しかも一番厄介な選択科目『黄帝内経』が。

  しかも先生の時間に合わせてカリキュラムが組まれるので、ほとんどの教科が夜間、ほぼ毎日18:30~21:30と言う「夜」に通うことに。しかも土曜の13:00~17:00という長時間...何だか本科のときより「しんどい」...

  授業は短期集中で、教科によっては12月の上旬にテストが始まり、その後何だか毎週期末テストと論文の提出に追われ、気づくと1月中旬の最後のテストまでミッチリ!!

  いやはや、非常に学生らしい、規則正しい生活を送りました。


1年生後期

  後期は選択科目5教科!授業時間も基本的に午前と午後。前期とは全く異なる余裕のスケジュール。

  と、思いきや!! 授業内容が... 選択科目は専門からいくぶん離れるので、授業内容が極端に難しく... 結局ついていくのがやっと!!

  前期同様ほとんどの教科が論文提出とテストの両方をもうけて、しかも先生の都合により、前期の授業より時間短縮!!あっという間に期末テスト...これはこれでしんどい。

  それでも何とか予定していた12教科は全てクリア!! ここから本格的な研究内容へ。

2年生前期

  2年生はそれぞれの専門研究に進み、卒業論文の準備に入る時期。大まかに動物実験、臨床観察、実験+臨床、文献の4通り。修士課程での研究内容は、基本的に指導教授の指示でその方向性が決まることが多い。例えば、私の専門『傷寒論』でも、指導教授が国家テーマとしての実験を持っていれば、学生のほとんど助手として実験に取り組むことになり、当然卒業論文も実験が中心に。

  私の指導教授は臨床系。週に2~3回大学の外来で診察。でも、外来患者の出入りは基本的に激しいこと、それから同様の症例が集まらないことから、卒論のテーマにするのは難しい。本来、指導教授の外来助手を務めるべきだけど、やはりそこには言葉の壁が!!と、それ以上に、私には同じ指導教授で同学年の中国人大学院生がいるので、その必要が...というより、使えないからいらないのかな??

  ということで、2年生の前期は自由な時間が比較的多く、卒業論文の方向性もすんなりと「文献研究」へ!!更に、「中国の文献を研究対象にしても、絶対中国人にはかなわん!」と言葉の壁を考慮に入れ、「日本の文献で勝負や!絶対中国人と同じレベルの卒論かいたる!!」と意気込み! というか、この道しかなかった。

2年生後期

  2年生の後期には「卒論テーマ発表」が。卒論テーマの決定、研究内容、研究の方法、研究の意義、研究の手順、研究による創造などをまとめて、5教授を前にして発表。が、これが思わぬ難題に...

  3月新学期が始まると同時に指導教授と相談。しかし私の指導教授は「すばらしい」がつくほどの放任主義、であると同時に「ぼ~」としており、私に対して無関心。結果...私が何で苦しんでいるかも理解してくれずに、「何とかなるよ~ 何とかせいよ~」といった感じ。更に日本の専門文献が全く集まらない事実が発覚!!

  4月の時点で「桂枝湯」「小柴胡湯」「白虎人参湯」と興味のある方剤と「日本の漢方現状」「漢方による副作用」「腹診」をチョイスしたけど、とにかく日本の文献が手に入らないので最終的な決定ができず、時間ばかりが...そこで指導教授が一言「日本は小柴胡湯が臨床で一番使われているから、小柴胡湯にしとけ」と。で、テーマは「日本の小柴胡湯」に決定。しかしそこからまた地獄が...

  日本の文献収集は後回しにして、先ずは「論文テーマ発表」を作成。しかしここで新たな問題が...北京中医薬大学は非常に「形式」にこだわっており、「論文テーマ発表」にも数々の形式と規則が。この規則どおりに資料作成するのが、ことのほか厄介な作業に...指導教授にヘルプしても、指導教授には私の苦しみが分からないらしく、更にレベルの高いものを要求され、仕舞いには鬱状態に...結局、資料が集まらないことを理由に「論文テーマ発表を9月に」と相談すると、「多くの中国人は9月に発表するからかまわないよ」とのお答えが...私の苦しみは一体なんだったのか...

  で、夏休みに帰国し、何とか知り合うことのできた「株式会社ツムラ」の方から資料を頂き、「論文テーマ発表」作成をして9月へ!!

3年生9月

  先ずは悩まされ続けた「論文テーマ発表」!! 結局5月の時点で作成可能なレベルでOK。「本当に一体何なんだ!!」と思いながら発表へ。

  発表には専門の教授が5人、蒼々たる教授陣(外事局局長、人事局局長、傷寒論主任、温病学主任、金匱要略主任)!!しかもこのとき、指導教授以外の教授を知らなかったんだ...しかも全然知らない中国人学生が10人以上!! 結果...かなり緊張。発表してるのか汗を拭いているのか分からないほど!!

  発表後の各教授の評価も厳しいもの。方向性は認めてくれたものの、「何だか内容は全て変える必要があるのかな」と思えるほど。それでも「日本」と「小柴胡湯」と言う方向性は確定!

3年生10月

  10月は資料収集!! 日本の医学界は本当に閉鎖的、医学論文を一つとしてみることができない。仕方がないのでコネを使い...そう「株式会社ツムラ」!!こちらのA氏がほんと~に善くしてくれて、どれほど感謝の言葉を述べても言い尽くせないほど!夏休みにA氏から頂いた論文一覧表を基に必要な論文をチョイス!!そしてA氏は快く100以上に及ぶ医学論文をプリントアウトして、北京まで郵送してくれて...心から「ありがとう」!!

3年生11月

  11月は卒論のテーマから離れて、中国語検定試験、HSK!!申し込みや試験用の教材を買いにと、これで結構な時間が必要。しかも試験内容を全く知らない...

  というのは、大学が規定としている「中級の中(7級)」は、本科入学前に合格したレベル。HSKには試験対策が必ず必要!!でも、いまさら8年前と同じ試験勉強をするのは、はっきり言って「嫌」、それなので申し込んだのは「高級(9~11級)」の試験、テストの2週間前に教材を買っているようでは...

   なぜこの時期かというと!? HSKの有効期限は2年間、博士課程でも有効にするにはこの時期しかなかったから。

  「自分の実力なら」と、準備期間は予定通り5日間。初めて直ぐに「失敗した~!」と後悔...文法なんか全て忘れているから難しいのなんのと! とにかく時間制限が非常に厄介。


問題は

ヒアリング40問を25分

  テープが一方的に読み上げて速度に合わせるのが大変。特に後半はラジオや街角の生の声で、雑音はひどいは訛りはひどいは...

長文読解40問を40分

  時間的に一番厳しい!計6ページ分にも及ぶ文章を6~8文こなさなければならないので、ほとんど流し読みで理解しないと!!結局5日間の練習で一度も時間通りには終わらなかった...

総合文法40問が40分

  私にとって一番の天敵!! 基礎の文法でさえすっかり忘れているのに、中国人でさえ判別がつかないような文法問題がずらりと!! 練習では半分しか点数が取れなかった...

作文600字を30分

  テーマが提出されて、それに関した作文を400~600字。一度も練習しなかった...

口語試験10分準備で朗読2分に口語解答3分

  朗読の文章と問題が一問提出され、10分間準備をした後、テープに一斉に吹き込むと言うもの。これまた、一度も練習しなかった...

  で、当日!!点数を稼がなければならないヒアリングが失敗... 続けて練習時正解率が高かった稼ぎどころの長文読解で大大大失敗!! 文法は案の定「できない」! 作文と口語は「流し」!! 踏んだり蹴ったりの一日と... 実際、その日の夜は荒れて荒れて!!友人に大変な迷惑をかけることに。

  結果が出る前に、仕方なく「中級」の申し込みを。で、約1ヵ月後、申し込みを代わりにしてくれた友人に受験料を支払い、中級の教材を借りるために試験会場となる大学まで行くと。既に試験結果が出ており、「ついで」に結果を取りに行くと、封筒の中に結果と別の紙が... 本人もビックリ!! 何と高級に合格。これで大学の単位が無事におりることに。

3年生12月~1月

  卒業論文の準備!! 毎日収集した論文を読み漁り、ネットで調べ物をし、大学の図書館で中国の文献を調べ、と! あっという間に2ヶ月終了、頭の中でようやく構成が。

3年2~3月

  先ずは「国費留学生」の延長手続き!もちろん成績が満たなければ、不合格の可能性あり。そして...

  博士課程の入試が3月中旬!! 中国に来て最も難しい試験になることは明白。教科書の内容が出るはずもなく... とてつもないプレッシャーに押しつぶされそうに...で、またまた鬱に...

  「人生を左右する重大な試験」にもかかわらず、中国に来て最悪の準備...なんてレベルではなく、何と「一夜漬け」!!

  テスト問題は... 「お~い、シャレになっとらん!!」というレベル。例えば、「傷寒論が中医の歴史上もたらした貢献と温病学に対する影響は?」「真武湯の現代臨床応用は?また、その裏付けとなりうる実験結果は?」と問題が一言、回答は最低2ページ...『傷寒論』という1冊の教科書なんぞ何の意味も持たない問題ばかり...留学生の合格点は中国人よりいくぶん低いとはいえ...「無理だよ~」と正直な感想を漏らして終了。

3年4~5月

  中国に来て以来、「地獄」と呼べる2ヶ月間!! 博士入試1次合格発表、博士入試2次試験、そして卒業論文作成と発表。当初、聞いていた卒論の文字数は、何と!10万字!!原稿用紙にして250枚分...医学論文じゃないよ、全く。

  4月に入り卒論の打ち込みを始め、中旬に博士入試1次合格の知らせ。ホッと胸を撫で下ろす暇もなく、引き続き打ち込み!! この頃10万字のプレッシャーがヒシヒシと...

  4月の下旬から徹夜の作業が始まり、「労働節(5月1日~7日)」の連休では3日間の徹夜。連休中休むことなく打ち込みと構成を行ってようやく原稿が...

  ここからが更に地獄。なぜ?? 先ずは原稿の修正。留学生はどうしても中国の友人に中国語の修正をお願いして、それから指導教授に渡すので余分な時間がかかる。更に、私の指導教授は相変わらず「のほほ~ん」としており、ほとんど修正を入れてくれないありさま。ただ一言「時間がないぞ~」とプレッシャーを...

  更に厄介なのが、またまた数多く存在する「形式」と「手続き」!!「あの資料を準備しろ」と一言!!しか~し資料を書くのに一日、友人に中国語を修正してもらうのに一日、そしてその資料に必要な教授のサインや部署の印をそろえるのに...教授も担当責任者も不在が多々あり、しかも必要な書類や資料が数十も存在し、結局!日中は毎日大学で手続きだけをこなすことに。

  同時に論文も指導教授 →専攻の主任 →最終評定教授2人と...修正と提出を繰り返し、最終的に修正は何十回と!!

  ようやく全ての準備が整い、論文が印刷に入ったのが5月下旬。後は最後の「論文発表答弁」のみ。

  もう一つ重要なことが! そう、博士入試の2次。学生部も専攻の教授も「な~な~」で、いつまでたっても実施してくれず... 最後は3人の教授を自分で探して、学生部に必要な資料を求めて、ようやく面接。それでもその場で「合格」を頂いたので、ちょっとだけ一息。

3年生6月

  6月10日までと制限された「論文発表答弁」、私は一緒に発表する中国人の都合により早い時期に6月6日と決定。Power Pointやスピーチ原稿の準備も順調。それでも最後は徹夜続きに!

  論文答弁当日、早めにPCやお茶、果物などを準備。私を含めて3人(中国人2人)が一緒に発表。そのなかで私は率先して1番手を希望。

  評定教授陣は、テーマ発表と同様にすごい顔ぶれ。人事局局長、傷寒論の大御所と現在の主任、温病学主任、中国中医科学院の主任教授と全国でも知られた教授陣が勢ぞろい!

  発表を始めたときは、やはりかなりの緊張が。しかし5分と過ぎるうちに、かなりいい感じで発表ができるように。発表終了後、直ちに教授陣より質問が!! えっ...

  質問内容に何の容赦もない...心の中で「私は留学生です。優しくしてください」とリフレイン! そんな私の気持ちとは裏腹に、10問以上の厳しい質問が...そして代表教授が一言「次の発表者が終わるまでの20分間に、十分な準備を」とバッサリ。

  20分後...やけっぱち!! 分かること、気がついたこと、そして今まで学んだことを全て自分なりの言葉にして回答。そして更に1時間後...「岩崎学入室しなさい」と。

  「岩崎学、満票にて修士学位を授与する」と代表者から結果発表のお言葉を!!残念だったのは、一緒に発表した中国人が不合格だったこと...厳しいですね。

  論文発表答弁で終了だと思っていたのが甘く...その後も大学、教育部(日本の文部省に相当)、そして関係機関に提出する書類の作成、そして相変わらず必要となるサインと印を彼方此方へ求め... 更に博士への入学許可書と国費留学への届け出などなど、次から次へと事務的な、と言うより根気のいる体力のいる仕事が発生。

  6月下旬にようやく、修士の全ての手続き、博士の入学許可、国費の手続きが全て終了!晴れやかな気持ちで6月29日の卒業式を迎えることができたのです。

  9月から国費留学生として博士課程に進学。大学生活最後の集大成へ踏み出します。

 

メニュー
 ・留学生の挑戦
 ・落ちこぼれの私
 ・いざ北京へ
 ・中医学入門
 ・大学院の3年
 ・私と中国足健会

 

中国足部反射区健康法研究会日本部 All Rights Reserved.